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5部/5話/携帯界5

   /Laluteskal


 キィン。という高い金属音のあと、武蔵とhashの刃がぎりぎりと擦れ合っていた。「剣を納めろ」とhashは武蔵を説き伏せようとしたが、武蔵は剣に込める力を弱めようとはしない。寧ろより強く力を込めて、hashの剣を払いのけようと必死になっていた。
 こうなるとどうしようもない。腹を括るか。
「slofis、多分俺も武蔵と同じことを考えてると思うんだ。お前らのやってることは許せないってな」
 slofisは下げていた顔をすっと上げ、唸るような低い声で言った。
「頼む。諦めて欲しい。お前に手を上げたくない」
「―――そうだな。俺もそれには賛成するぜ」
 俺とslofisは睨み合い、心を決めた。
 先に動いたのはslofisだった。
 視界が揺れる。
 俺は防御態勢に入るが、slofisは俺を狙っていなかった。
 hashと均衡状態にあった武蔵が、ノーモーションで繰り出されたslofisの衝撃派を受けて、家のちんけな壁をぶち破り、家の外へログアウト。
「hash、武蔵は任せた」
 slofisの指示に頷くと、hashは早々に施した肉体強化で弾丸のような速さで武蔵を追いかけた。
「いいのか?」
 slofisはG3を握り、首を縦に振る。
「武蔵は逃げない。私を叩きのめすまで剣を振るうからだ。ラルは逃げることしか頭にないだろう? 武蔵のように吹き飛ばせば、そのまま逃げられるかもしれないからな」
 流石に付き合いが長いだけあって読みが的確だな。俺なんか全然お前の頭の中分からんのに。
「どうしても逃がしてくれないのか?」
「逃げないことを大前提に話をした。逃がすわけがないだろう」
「諦めろよ。こんな状況になってまで続けなきゃいけないことなのか? そんな訳ないだろ。もっと軽く考えろよ、お前は悩みすぎなんだ。ペン回しなんて楽しければ、それでいいだろ」
「――――お前」
 あ、マズイ。と俺の本能が訴える。
 さっきまで苦悩していたslofisの顔が、激しい憤怒に満ちた形相へと一変していた。
「旋転したという感覚のみで娯楽する輩はいるだろう。それはそれで容認でき、止めるつもりもない。だがな、視覚あってこその旋転だ。自身が回さなくとも、視覚情報には旋転の情緒、秩序、美的感覚がある。そして、その追求は修行じみた苦しさがある。『楽しければいい』という強要は愚弄もいいところだ。その程度の発言しかできない者は、唯一神だろうと許しはしない」
 地雷踏んだ地雷踏んだ地雷踏んだ。対戦者地雷なんか比じゃない。あれマジリアル最凶地雷。slofis喋ってる途中で全力で外に逃げ出したくらいだって。
 降りしきる雨を吹き飛ばすくらいに疾走しながらG3で急いで肉体強化。あいつとは長い付き合いだからこのあとの展開は予想がつく。とにかくslofisから距離を取らないと本格的にヤバイペン回しフェスティバル。
 逃走を始めて十五秒。標準的なフリースタイルが終わる頃合いだ。それまで攻撃は無く、不気味なまでにslofisの魔力は沈黙していた。家の反対側で武蔵とhashが交戦しているようだったが、残念ながら、助太刀でござるという展開には持って行けそうにない。
 近くの森に逃げ込み、二百メートルくらい距離を取った。ダイレクトに攻撃を食らうことは無いだろう。それで、少し油断していた。
 視界が激しく振動する。
 ………まさかとは思ったが、間違い無い。slofisの魔法だ。
 肉体強化に使っていた魔力をカウンターに回す。
 俺の体勢が整った直後、視界にあるものが予想を遙かに上回る威力の衝撃波を受けて無差別に吹き飛んだ。
 衝撃波、もっと言うなら波の魔法をslofisは得意とする。戦闘になると衝撃を使った攻撃を主軸としたスタイルで敵を制圧。物質系の攻撃はそれで砕かれるし、例えば光や熱なんかは波の性質を持っているため打ち消される。正当法でその防御を崩すにはslofisの処理能力を上回る魔力をぶつける必要があるが、
この攻撃を見るからに、その戦法はできない。
 ぶっ飛んでるモノの感じからして、結構広範囲の攻撃に思えた。回避どうこうのレベルじゃない。これだけ距離をおいてもこの威力を維持しているのは常識的におかしい。あいつ、絶対小細工してるだろ。
 加えて、衝撃波の継続時間がデタラメに長い。これはちょっと芳しくなかった。俺の使ってるカウンター魔法は対象の魔法を跳ね返すと同時に、自分にはその魔法が無効になる。ようは無敵判定があるわけだが、その分、燃費がかなり悪い。基本は単発かつ、一撃必殺だから、糞燃費もそんなに問題にはならないが、こうも長時間やられっぱなしだと、旋転で魔力を生成し続けても間に合わない。
 案の定、十秒も保たずに魔力が底尽きた。
 耐久的な防御にカウンターを使ったのは俺の判断ミス。しゃあなしで、燃費のいい単純な障壁魔法に切り替えて、ダメージはあるかもしれないが、この一撃は持ち堪えたい。
 しかしよく言われるように世の中甘くないわけで、カウンターから障壁魔法に切り替えた途端、体の表面が強烈に波打って、激痛に見舞われながら豪快に吹き飛ばされる。
 飛ばされている進路にあった木々を何本かへし折り、終いに大木に衝突してようやく止まった。
 くらくら、と目眩がする。
 全身を強打した所為で立つこともままならない。
 クソ。slofisの奴、こっち来てやがる。
 ヤバイ、ホントニヤバイ。
「張り合い無い。もう少し粘るかと思っていた」
 揺らめく視界に、slofisが迫っていた。
 ザーッ、と降り注ぐ雨と朦朧とした意識の所為で、彼の表情は分からない。
 俺の目の前まで来ると、心底残念そうに言った。
「期待した自分が馬鹿らしい………」
 彼の右手が変わったリバースをした。すろリバだったか。
 途端に俺の体が全身麻痺。抵抗できる状態では無くなってしまった。
 為す術無く、頭を鷲掴みにされる。
 何かされるんだろうとは思った。具体的に何であるかを考える余裕はない。
 slofisの右手がフリースタイルを開始する。
「―――――――かはっ」
 と、喘いだ。
 ―――が、それは俺の喉から出た声ではない。
 全身の神経が復活した。同時に打撲の痛みにも見舞われる。
 突然の襲撃に困惑したslofisは、反射的に、攻撃を受けた方向を振り返る。
 その反対方向の茂みから、弾丸のような速さで、やたら魔法少女風の何かが飛び出した。
 slofisは振り返ったが、それでは間に合わず、飛び込んできたパールにバットのような派手な何かで思いっきりダイナミックフルスイングを食らってぶっ飛んだ。
「走れる?」
 とだけ、魔法少女風のパールは尋ねた。
 俺は「あぁ」と返事をした。あんまり考えて返事をしたわけではなかった。
「先に行って。私はやることをやる」
 ………やることをやる、というのは多分。パールのAFのチームリーダーとしての役割のことだろう。俺もこのダメージだと足手まといになる。身を引くか。
 G3はまだ握っている。
 変形ソニックとパスを繰り出し肉体強化。
 足取りは不安定だったが、まだ何とか走れる。
 背後で何かがぶつかった。多分パールとslofisが戦ってるんだろう。
 俺はパールに小さく頭を下げ、森の奥へと走り去った。

5部/4話/携帯界4

  /Laluteskal


 昨日と同じく、俺と武蔵に自宅待機命令を下したパールと九頭龍は、雨が降りっぱなしだというのに、朝から外出。昼を過ぎても帰ってくる気配が無かった。遅くなるとは言われたが、二人が出かけてから、もう四時間以上経っている。連絡手段もないし、少し心配になってきた。とはいえ時間も時間だし、
「お昼にするか」
 おう、いいな。と、外出組が昨日買ってきたリンゴとかみかんとかの果物を武蔵が適当にチョイスして、ぽんぽん と俺に放り投げる。
 うーむ、辛いものが食べたい。昨日、手に入ったのは果物とそれらを乾かした非常食だけで、それ以外のものは一切無し。というのも緊急時のことを考えると料理とかしてる余裕が無い。百歩譲って、外出組の二人はまさにそうだが、かなりその通りだと思うんだけど、俺ら二人はponkotuが驚くくらい、そんなことないんだよな。暴挙暴挙。
「剣豪の武蔵よ」
「ん?」
「スイカとかにさ、塩かけることあるじゃん。普通かけるじゃん。満遍なく丁寧にかけるじゃん」
「………俺はかけないけど」
「ところが、俺はかけないんだよ。ね、分かる? 俺の気持ち」
「知らん」
「君なら分かってくれる信じていたよ。そう、あれに塩をかけるのは反対だ。何故か。甘いをメインにしている食べ物に、どーして辛いものをかける必要がある? 甘いものは甘いもの、辛いものは辛いもので食べればいいじゃない。中途半端に混ぜるのは許しがたいのだよ。そして俺は辛党だ。勝敗は決しているぞ、武蔵。甘党の惨敗は近い将来訪れる」
 手際よくリンゴ一個を平らげた武蔵は、汚れた手を雨水でさっさと洗って俺から視線を逸らした。
「ラ、思ったんだけどな」
 俺の名前の面影カムバーック!
「お前との関係、もう潮時じゃないかって思うんだ」
「あたかもそれが言いたかっただけみたいにちゃっかり上手いこと言われた上に、的確にグサッときた! 見直したぞ武蔵!」
 武蔵はぷいっとそっぽを向いて黙ってしまった。この照れ屋さんめ。
 ちなみに、塩は我が家においてありませんでした。残念。


 そこから更に六時間経過。現在、午後六時。
「さて、外出組の捜索を開始しようと思うんだが、武蔵から意見は何か」
 考える双剣の称号を持つ男。なんか面構えがパッとしない。
「でも外って、ヤバイ魔法が充満してるんじゃなかったか?」
「………そうだっけ?」
「おい、ラ」
「一人称みたいに俺を一文字で呼ぶな」
 ふむ、そーいえばそんなことを言っていた気がするぞ。なんだっけー、なんだったかー。ぐぬぬぬぬ。
「武蔵よ。それどんな魔法だったっけ」
「覚えてないわ」
「おいいいいいいいい」
 はい。詰みました。みんな大好きドツボです。対策が打てません。
「ということで武蔵。お前が外に行け」
 この武蔵の黒板を引っ掻いたときの音を聞いたみたいな表情が、なかなかイケてる。ふむ、普段は他の奴から弄られてるからな。この辺でポイント稼いでおかないとA判定が出せない。
「お前、クズだな」
「『さん』を付けろ、このデコ助。いいか、覚えておけよ。kUzuさんだ。確かにお前からそんなに高く評価されたことについては、非常に嬉しいと思う。でもなー、呼び捨てはどうかと思うんだよー。あのkUzuさんをそんな風に言うなんて、武蔵とかスピナーの風上にも置けないなー。うんうん」
 ―――勝った。歴史的大勝利である!
 武蔵も自分のことのように祝福してくれて、豪華剣乱この上ない峰打ちを俺に叩き込み、玄関の扉もろとも、冷たい雨が降りしきる外へ吹き飛ばした。
 盛大に祝われた俺は、ずぶ濡れになりながら、ずぶ濡れにならずに俺の家の中を壁の隙間から覗き見しているhashとslofisと目が合った。


「で、お前ら何しに来たんだ?」
 さて、どうするか。hashもslofisも、ここ携帯界にいたときからの古い知り合いで、バツの悪い質問はしにくいのだ。
 まあ、いい雰囲気ではないね、これ。獲物がトラップに引っかかったのを見て喜んでるいじめっ子のアレとは違うし、俺はそれを叱る教員でもない。
 先に口を開いたのはslofisだった。
「何処まで知っている?」
「お前が、JEBと戦争しようとしてると聞いてる」
 少しだけ、hashとslofisはきょとんとしたようすで言葉を失ったが、そのあとslofisは「まあ、そういうこともあるか」と、独り言を呟いた。
「ラル、それは最悪の場合だ。それが目的ではない」
「なら、どんな目的なんだ?」
 hashとslofisは眉間に皺を寄せ、困ったように顔を見合わせた。
 このままでは話が進みそうになかったから、一応声をかけることにする。
「slofis、お前のやろうとしてることに負い目がないなら、別に迷うことじゃないだろ?」
「………そうか。だが話すには条件を付けるぞ」
 ベタなパターンだな。ソニック捻りが足りない。
「ほう、どんな条件だ?」
「この話を聞いたなら、携帯界の外に出ないこと。もう一つ、この話を他人に一切話さないこと。それでもお前は聞けるか? もしこの話を漏らしたりするようなことがあれば、戦争になるぞ」
 ここで話を聞くということにして、あとでこっそり約束を破り、JEBに連絡すれば俺らの任務は終了。だけど、その場合は戦争になるとslofisが明言した。ここで聞かないと答えてしまうと、多分口封じをされる。どちらにしても、こっちはあんまりメリットがない。ならJEBに連絡して、さらに最悪のシナリオを回避するのが一番いいだろう。その可能性はslofisも考慮しているはず。それでも、こうして俺と話をしているのは、昔の縁があるからだと思う。
「分かった。条件を受け入れるよ」
 slofisは武蔵の挙動を気にしたあと、こいつなりに話を砕いて説明を始めた。
「自分たちは、人為的にペン回し界のモチベーションを向上させようとしている。意欲があるが行動が起せない、面倒で練習を怠ってしまう。それでペン回し界が衰退してしまうのは、自分には受け入れられない。そういう人のために、ペン回し界のために、スピナーのモチベーションを人為的に操作する」
「夢のある話だけどさ、それできるのか? 仮にできたとしても、お前がそうやってこそこそしてるからには裏があるんだろ?」
「できる。そしてお前の言うとおり、裏がある。根本的な問題はスピナーのモチベーションを上げるために精神操作を使うことだ。精神操作はJEBでも国際的にも禁止されている。使用すれば重罪だ。牢獄行きは免れない。だがもし精神操作で捕まらなかったとしても、精神操作の悪用をされるとかなり悪い状況になる。スピナーを好戦的、支配的な性格にできるし、それで国同士の戦争も起せる。加えてそれを裁ける人も精神操作でいなくなり、歯止めが効かない。主権を握った人のやりたい放題になる。ハイリスク、ハイリターンなのは言うまでも無いだろう。
 あともう一つ。精神操作のシステムを破壊しようとすると、システム防衛用の戦闘プログラムが起動する。かなり大規模なものだ。システムはなんとしてでも自身を死守しようとする。戦闘になれば、間違い無く死人が出るぞ」
 そう脅しをされてもな、俺にこれを黙って認めろというのは難しい。だっていくら何でもリスクがデカすぎるだろ。戦争なんて起こされたらたまったもんじゃない。
「俺に死ねというんですか、slofis」
「そうならないよう努力して欲しい。いや、努力するよう操作する」
 それがslofisの絞り出した安っぽい殺し文句だったんだろうが、詐欺臭がプンプンで寧ろ俺は何か生き生きしてきた。あーもう、糞ゲーすぎる。
 俺とslofisの間に決定的な溝ができたのは、記念すべきことだ。とびっきりのスーパー懺悔タイムを要求する。もうこいつは信用ならん。俺とは別種の何かだ。理解不能、訳分からん。
 俺がslofisにハッキリものを言ってやろうと構えたところで、今まで黙っていた武蔵が口を開いた。
「slofisよぅ」
「………なんだ?」
「ここに来るときに聞いた話なんだけどさ、精神操作ったら王宮の方でなんかあったらしいんだけど、お前らの仕業か? 怪我人とか出たらしいじゃないか」
 武蔵そんなこと覚えてたのか。俺は綺麗に忘れてた。駄目すぎる俺。
 slofisは落ち着いた様子で頷いた。
「あれは防衛システムの誤作動だ。こちらでの仲間割れや、そらら側の対応の不慮が重なり必然的に起きてしまった。その件については謝ろう。すまなかった」
 slofisは深々と頭を下げた。続けてhashも頭を下げる。
 しかしそんなことはお構い無しに、武蔵は続けた。
「俺のむさぞうが事件に使われたって本当か?」
 slofisは頭を下げたまま、「間違い無い」と答えた。
 武蔵はわなわなと肩を震わせて、KTを回し始めた。
「お前、俺を操ってたって本当か?」
 slofisは淡々と答えた。
「ああ。私だ」
 そこで、憤慨した武蔵の斬撃が、slofisの首を捉えていた。

5部/3話/携帯界3

   /kaidan


 その右目が異常なのは言うまでもない。旋転による魔力で肉体の変化は引き起こせるが、殆ど一時的なものに過ぎない。だが目の前にあるのは何だ? 魔力が定着し、全くもって半永久的な変質をしている。もしそれが彼女の到達すべき着地点だというなら、私はこれを脅威として受け止めねばなるまい。
「九頭龍よ、お前は何がしたいのだ?」
「先に言った。階段のやり方が不快だと。決して、賢明とは言えないと。ここでやり方を変えるなら、私は身を引く」
「変えるつもりは無い。到達すべきところまで到達した後、私が私の意思で無く、私が諦めざるを得ない事態に陥るまで、ただ ひたすら行動するだけだ」
 それまで曖昧になっていた敵対関係は明瞭となった。お互い相成れぬと認識した以上、もう問答の必要もあるまい。
 私はG3を、九頭龍は銀KTを構え、互いに呼吸を整えた。
 雨音が一層激しく聞こえ、まもなく、極度の集中からか、雑音は遠のいた。
 そこから僅か十数秒にて、勝敗は決することとなる。


 初動は完全に一致した。
 が、こちらは火力で完全に出遅れていた。
 九頭龍は縦式スプレッドができるが、別段、得意という訳では無い。同軸連打の才能がまるで無い上、長時間続けられない。また、近年一般に広がっている縦式は連打と持続性を追求し、ペンが地面に対して平行な状態になっている。これに対し九頭龍や縦式スプレッドの古い時代の面々は、地面に対してペンが垂直的に回転する。ペンに重力が大きくかかるため回転が加速し、指一本で捉えるのが困難になる。しかし、それを逆手にとれば、先手を打つための高速で大火力の技が使用可能ということに他ならない。
 無論、九頭龍が使用したのは俗称の存在する中では最高難度の技の一つである「AFI」だった。
 彼女は空いている左手に黒い棍を生成しながら、目の眩むような突進を試みた。私を一突きし、一瞬のうちに勝負を決する算段なのだろう。
 その動きに無駄なぞなかった。躱すには向こうの想定以上の瞬間的な移動をするか、あるいはそれに対応する魔法を、持ちうる限りの最高速で繰り出せばよい。
 単調なパスとソニックの、捻りの無い興醒めのスタイルで、出来うる限りの最高速で技を繰り出した。
 九頭龍が地面を蹴ると同時、私は懐からフレキシブルmodを九頭龍の進行方向に投げた。
 本来ならそのペンの持ち主であるforeverの姿が具現化され、彼の主要魔法である「速度減速」で時間を稼ぎ、盾とするはずだったのだが、九頭龍の棍の到達までに発動しきらず、半透明な状態でforeverの残像は棍に貫かれることとなった。
 不完全ではあったが、「速度減速」によって棍に貫かれない程度に回避することはできた。
 だが盾となったforeverの残像は貫かれた直後に風船が割れるような呆気なさで破裂した。視覚的には貫かれたと認識しているが、この時、私がペンに記憶させていたオーダーが機能しないレベルに書き換えられていた。直にオーダー、即ち魔力を遮断、抑制して相手を制圧するのが一般的な手法となるが、これはそんなものではない。物事の順序、内容を改変するというほどの奇怪極まりない手法である。あれで殺されでもしたら、少なくとも人間の死に方はしない。ただ現時点でこれが把握できるほど余裕はなかった。
 今のが直撃したらと、ふと脳裏をよぎる。
 初撃を回避したはいいが、正当法で第二打を回避するのは困難だった。
 九頭龍の通常の移動、攻撃速度は速い部類に入る。その上、AFIの高魔力での肉体強化はこっちにしてみればかなり分が悪い。
 しかし未だ、予想の域を出ない。
 九頭龍が初手でAFIを繰り出すことは予知していた。初撃の威力はそれ相応を見込んで、おおよそ対等であろう手を打ったつもりだったが、発動そのものが遅れたのはまずかった。手放すには惜しい駒だった。
 だが、もしもの手は既に発動している。
 初撃で放ったペンは一本ではない。
 もう一つ、MesiのG3を宙に放っていた。
 具現化されたMesiの姿を模したモノが、九頭龍に炎、雷の複合をたたき込む。
 唐突に追加された戦力に九頭龍の表情が凍り付いた。
 どうあがいても格上相手、負けは必須である。本来ならば。
 寸分の迷いも晒さず、foreverの具現体を消し飛ばした棍が向きを変えてMesiの具現体に切り返した。
 あの場での最良手、こちらとしては不都合な対応である。
 入手したMesiのG3はJapEn6th時代のモノとは若干パーツが違う。これは大きな痛手だった。私の具現体の術はそのペンが積み上げてきた歴史に大きく影響される。どのように回されたか、持ち主のスピナーがどのような癖で回していたか。その情報を継ぎ接ぎに再生し、半自律した旋転を行う。それがこの魔法の正体に他ならない。故に、パーツが違えば術の効力、再現力は減少する。パーツが期待通りのモノでないのは実に悔やまれる。
 ―――いつかの上層の一件も、原則同じ理論である。何せ、理論の生みの親は私なのだがら、それの応用、使用は至って自然である。
 Mesiの具現体の問答無用の不意打ちは、九頭龍の棍の一振りで弾かれ、消し飛んだ。
 続いて、再びの九頭龍の棍がMesiの具現体に先端を向け、黒い残像を伴って突きが繰り出される。
 それをMesiの具現体は上半身を捻って回避の姿勢に入った。
 九頭龍はMesiの具現体が左右どちらに回避するか見極めた時点で棍の先端の進行方向を変更。
 神がかり的な反射神経で、Mesiの具現体は自らの意思で、その体勢からは考えられないほどの距離を横方向に飛び退いた。
 この間に、私は三本目、imigaのG3に施した術を発動させ、imigaの情報を具現化させる。
 Mesiの具現体との距離を作った九頭龍は、瞬時にラダー的な動きで魔力を生成、Mesiの眼前にどす黒い障壁を展開し一時的にMesiの具現体の動きを止めた。
 その障壁も質が悪かった。触れたモノの動きを止める類いのものである。Mesiの術なら解除は容易いし、解除に数秒と要しない。その技術は素晴らしいが、この戦闘においてその数秒は長い。
 九頭龍は棍を手前の攻撃の状態のまま体のみをこちらに反転。
 丁度、棍の反対の先端、imigaの具現体と私は一直線に並んでいる。
 不覚にも、imigaの具現体を正面に出現させていたため、視界を遮ってしまっていた。
 泥の混じった茶色い水しぶきを飛ばし、九頭龍が雨で抜かるんだ地面を蹴った。
 棍はimigaの具現体、私の順で串刺しにする軌道上にある。
 距離は十分。imigaの察知魔法が回避に必要な情報を提供する。
 Mesiの具現体と同様、imigaの具現体も大きく横方向に飛び退く。
 それとは反対方向に私も飛び退いた。
 これを両方捉えるかのように、九頭龍は突きの途中でより間合いの広いなぎ払いに棍の軌道を大幅に変更した。
 imigaの具現体は予想以上に機敏で、雨粒を引き裂きながら振り抜かれる棍を難なく躱した。
 しかし私はそれほど速くは動けない。
 立った状態で、棍の間合いから逃れるのは不可能だった。
 突きの回避から、咄嗟に体の軸を地面に平行まで回転を加えながら倒した。
 棍が私のすぐ上を通過し、勢いを保ったまま九頭龍が私の足の付近を通り抜ける。
 そこにすかさず回避の勢いを加え、地面に対し水平方向を維持したまま、後方から九頭龍の脇腹を蹴った。
 体勢を崩す程度の、大した強打できたわけでもないのに、厭な感触がした。
 肉を蹴った感覚ではない。弾力の無い、べっちゃっとした泥を蹴ったような感じである。
 蹴りの後、私は少し体勢を崩して膝をついたが、九頭龍は苦悶の表情で泥だらけの地面に伏していた。
 蹴られた部位は大きく凹み、黒い衣の隙間から大量の朱い血液と、肉塊がこぼれ落ちている。
 刹那、脳裏を罪悪感が思考を支配した。
 だが間もなく、脹ら脛に激痛で思考は塗り替えられた。
 九頭龍の状態で既に血の気が失せていたが、激しく痛むその部位を見て失神しかねないほど意識が遠のいた。
 綺麗な同じ太さ直線を描いて、脹ら脛の肉が、細胞を潰すこと無く、綺麗に無かった。
 蹴り終えた直後に棍に触れたのだろうか。確かに傷の太さは棍と一致する。
 切られるのとは全く違う傷だ。出血で傷口が滲んでいるが、露出した血管は綺麗に断面を残していた。肉が切り取られた、という表現が近い。
 立ち上がるのは困難だった。指二、三本分の幅で凶器が足を横切ったのだ。それほど深くは無いが広いのである。
 ―――早く、呼吸を整えねばならなかった。
 九頭龍の傷、いや、破壊された部位は致死量を超えている。
 下半身は動かないだろうが、しかしまだ上半身は使用可能な程度である。
 そして、imigaの察知魔法が危険を告げてた。
 九頭龍の右手は未だ銀KTを回している。
 そこから腕の力だけで仰向けになると、こちらめがけて、力の残る限り、腕を振る動作とはかけ離れた速度で棍を投擲した。
 ………身動きが取れない九頭龍の次の手がそれしかないことは、私も承知していた。
 私が足をやられているとなっては、もはや回避不能。
 今まで以上の攻撃手段で責められる可能性も高い以上、こちらは最高峰の駒で受け止めるしかない。
 九頭龍の投擲前、NIKooのG3を正面に投げた。Saz’ectシリーズで革命的なラダースタイルを行ったあのG3である。
 NIKooの具現に必要な魔力は自身のモノで間に合った。
 NIKooの具現体自身の術の発動は私だけでは補えず、Mesiとimigaと具現体でそれぞれの魔力を大幅に追加することで万全を期した。
 九頭龍の投擲した棍とNIKooの具現体が作り出した植物群の分厚い盾が衝突した。
 黒と緑の環状の衝撃派が肉眼でも明瞭に確認できるほどで、何かが体を大きく震わせるような感覚に襲われた。
 NIKooは魔法そのものが極端に効きにくい特異体質者である。本質的には魔法、魔力を大幅に打ち消す作用を持っているためであり、防御面は言わずもがな、使用法によっては攻撃面でもJEB最高峰の実力者である。
 その魔法が、あろう事か、九頭龍の棍に触れて消されていた。
 あってはならない事態である。魔法を打ち消す魔法が、別の魔法に打ち消されるなど常軌を逸している。
 瞬く間に植物群の盾は黒い存在に消されていった。
 未だそれは直進を続けているが、減速はしている。
 喪失分を補おうと、Mesi、imiga、NIKoo、私自身の旋転でがむしゃらに魔力を出力した。
 急な魔力の運用で意識が朦朧とする。もう足の痛みどころではない。
 NIKooの手が美しいラダーを繰り出し、imigaの両手はどこから湧いてくるのか分からない奇妙な大技を積み、Mesiの具現体は何故そのように繋がるのか理解不能なコンボを決めた。
 それに比べ、私のフリースタイルは見苦しいが、無いよりはマシだろう。
 数秒後、植物群の盾は回復量が喪失量を上回り、結果として九頭龍の術が力尽きる形となって戦闘は収束することとなった。
「………終いか」
 雨音が次第に大きくなった。雨が降っていることなぞ忘れていた。
 九頭龍は、大量の血液を地面に滲ませて動いてなかった。
 私は傷ついた足を引きずって、旧友の傍らに歩み寄る。
 よくよく見ると、彼女は、何故か全身の肌という肌から汗が吹き出すように出血していた。
 それを降りしきる雨が洗い流して、何とか地肌が見える程度にはなっていた。
「予想通りの反応で、安心した」
 生きてはいた。虫の息ではるが、会話できるのは、そう長くは無い。
「お前の体は、」
「脆弱も甚だしい。延命をやめれば、即死していた」
 原因を聞く必要もあるまい。おそらく、変質した左目の所為だろう。
 理屈は推測するしかあるまい。しかし同じ定義屋としては畑が違う。推測は実質不可能やもしれぬ。
「階段の所為ではないから、罪悪感を感じているとしたら、それは場違い」
「お前は、何がしたかったんだ?」
 九頭龍は失笑した。
「階段が、汚名を背負うくらいなら、消してやろうかと………」
「………論理の飛躍もいいところだ」
 彼女にしてみれば、私が捕まることは確定らしい。それに私の存命より名誉を選ぶあたりは、彼女らしい。
「私は……いい。………前から、生きる意欲が……無くなった……から」
 衰弱が加速していた。もう時間が無い。
 彼女の右腕が微動したが、肘から先が斬られたように綺麗さっぱり綺麗に消えていた。左腕は最後の魔力の影響を直接に受けたのか、脆い炭のようにボロボロと崩れている。九頭龍は残念そうに肩を落とした。
「KTに………データ………。…………計画…………失敗した、ら…………実行…………」
 ―――。
 ―――――。
 ――――――――生命活動が、停止した。
 魔力の供給が停止したことにより、彼女の体を維持していた結合魔法が消滅。
 人間の体だったものは、今や朱い血溜まりでしかない。

 私は血溜まりから、汚れてしまった旧友の銀色のKTを拾い上げた。
 自分のG3を回し、入力されたデータを受け取る。
 そのデータを一通り理解したあと、私は欠けてはいけない自分の理解者を失ったことに、ようやく気づくこととなった。

5部/2話/携帯界2

  /slofis


 日は幾分か傾いているようだったが、分厚い灰色の雲が覆い隠して見えなかった。今晩は雨になりそうだ。時刻は午後五時をすぎ。時計を確認して、意識を魔力の操作に集中する。
「今帰った」
 若干窶れた顔をして、小男が古びたちっぽけな木製の小屋に入ってきた。
「hashか」
「おう、hashだ」
 hashは服についた埃を払って、床にペタンと腰を下ろすと、曇り空が気になるのか、木枠の窓からじっと灰色の空を見上げていた。
「ラルたちはどうだった?」
「今日は動きそうにない。ラルが何度か探りを入れてきた程度。気にしてるのは見え見え。あれは表に出してないだけで堪えてるね、お前の名前はしょっちゅう出てきたよ」
 hashの憶測はあまりあてにしてない。どういう会話をしたかにもよるが、自分の名前が出てるというのは、百歩譲ったとしても良い状況ではない。
「衝突は避けられないか」
「まぁ、そんなもんだろ」
「軽いな、相変わらず」
 そうか? とhashは笑ったが、顔は妙にこわばっていた。
「この際だから言っとくけどさ、俺もな、ぶっちゃけ不安なんだ。未だにお前が人の頭をいじるのには抵抗あるんだよ。一応、精神操作は禁忌なんだろ?」
「国際的に禁止されている。倫理的に問題があるのは違いない」
「よくそれでやってられるよな。お前は抵抗ないのか?」
「ものによる。例えば、操作している体を危険に晒さなければならないときは、かなりストレスになる。死なれでもしたら一生引きずりかねない。軽い損傷ですら、そういった感覚に陥る。
 他人の記憶を体を操作するのとはまた別で、記憶の操作はより一層苦しいものがある。記憶の修正は、記憶を選択しなければできない。つまり、どの記憶を修正するかを判断するために、どうしても記憶の内容を知らねばならない。明るい記憶や、どうでもいい記憶は記憶を操作する側としても強い印象にならないし、それほど気にならない。だが、暗い記憶は見るに堪えない。当事者の記憶を第三者が認識することは、第三者も当事者になるということだ。暗い記憶ほど、シンクロも高くなる。その苦悩をより深く共有する。精神を病まない方がおかしい。内容を考慮しないなら、記憶の操作は簡単なんだがな。特に削除は消すだけだ。無作為ならば、うたた寝しながらでもできる。だがその難度を難とたらしめているのは、被操作側の経験と操作側の精神面だ。断じて、まっとうな精神でするものではない」
「豆腐メンタルの俺には関係ない話だわ」
 hashは頭の上に堂々と はてなマークが出ていた。別にhashの理解力に期待をして話していた訳ではない。自分も所詮、人並みの精神力しか持ち合わせていない。現状でストレスを溜め込み続けるのは無理がある。どこかで愚痴でもしないと精神的に保たない。
 窓の向こうで、雨音がしていた。今は小雨だが、夜になれば荒れるのだと灰色の雲が語っている。明かりのない小屋の中は急に暗くなり、地べたで座っているhashの顔に大きな影を作っていた。
「なあ、slofis」
 なんの取り止めもない、対象を選ばない、単なる呟きのようにhashは呼びかけた。
「もしラルと戦うことになったら、お前はどうする?」
 ―――さっきも同じような話題になった気もするが、触れないでおこう。
「当然、戦うことになったら戦うだろうよ」


  /kaidan


 昨日の雨は翌日の昼になっても未だ健在であった。文字通り、比喩通りの暗雲である。地面の状態は無論、最悪である。外出すること自体気が引けるが、今日はそれどころではない。
 私は、幽霊じみた、不気味な真っ黒い女と向かい合っていた。雨に濡れて、死人のような印象がさらに強くなっている。
「私の術式を徘徊するのは目を瞑れんな、九頭龍」
 死んだような左目でじっと睨んだあと、九頭龍は重たい足取りでじわりと前に出た。
「携帯界の土地を散策していた」
「嘘を付け」
 ほう、と九頭龍は口を開いた。
「何かまずいことがあると」
「話を長引かせるつもりはない。あまりにくどいようであれば黙らせるぞ」
 彼女にしては珍しくけんか腰だった。こちらが煽られているのは言うまでも無い。こうなることは端から分かっていたが、いざ対峙してみると妙な圧力を感じてしまう。
 九頭龍は少し肩を落として、力を抜いた。しかし左目は私を睨付けたまま、あからさまに憎悪を発していた。
「携帯界ほぼ全土に、発動前段階の精神操作が施されているのは、言うまでも無く貴方の仕業と、私は認識をしているのだけれど、これが間違い、ということは寸分の狂いも無くあり得ない」
「大体合ってるが、寸分程度の誤差は認めるべきではないか?」
「ただの『強調』。適度な強調は言語の娯楽として必要不可欠ではないかと、近年はそういう境地に至っている」
「『強調』と『間違い』は相成れぬ。違うものは違う。断固として、そういった表現との誤差は許されるべきではない。それは私より九頭龍、お前が痛いほど知っているはずだ。一言一句の間違いが許されない言語体系を人の手で実現させるというスタンスは、今でも変わっていないだろう」
「それは確かに、私の行動原理の中に含まれていると思う。しかしね、階段。私も人間だということを仮定に含めておくべきだと思う。無駄が無い、というのは、息が詰まる。無駄は、少なくとも私には欠けてはならない要素だ。階段がどうかまでは、私は知り得ないが」
 長引かせるつもりはない、と言った傍からこれであるから、どうしようもない。早急に精神操作の件を認めたのは、私がどうあがいても隠し通せないからである。というよりあのオーダーの元となる理論を考えたのは私と九頭龍だ。彼女に事件当初から目を付けられていたのは考えるに容易い。
「極限状態に追い込まずして、質の劣化は避けられぬ。今のペン回し界は、その点が、あまりにも緩い。緩慢、劣化、衰退。危機的状況にあるのは明らかだ。先人の言葉は一人歩きし、後から来る者の目を曇らし、挙げ句の果てには感覚を表現しようとする努力まで失った」
「世の中、努力するほどの熱意を持たない人の方が圧倒的多数を占めていると、私は思っている。それができれば、事はどれほど楽か。知識にせよ、技術にせよ、私がそれらの獲得に要した精神力は、今思うと並大抵ではない。昔は何かに駆られるように旋転や、その理論を吸収できたのに、今は何故か、来る者を拒むかのように身にならない。私の中の情熱が冷めてまったのは認める。あれほど愛していたものが、今では些末で矮小なものへと降格してしまった。燃え尽きたと言って差し障りない。奮い立たせるものがない、というのはおそらく階段と同じ意見だとは思う。私のように怠慢にならず、ただひたすらその道を駆け抜けられるものが羨ましい。
 しかし、さっきの階段の言葉は聞くに堪えない安いものだった。誤差ばかりが目立つ表現、と私は認識しているけれども」
「お前の言葉を借りるならさっきのは『強調』だ。全称と存在の違いを考慮すると、手前のは酷いものだな。昔からお前はそれでよく腹を立てた」
「その傾向は現在も健在している。この状況下では悪化せざるを得ない」
「お前の私に対する憤りは自然だ。私はそれを責めるつもりはないし、的確であると評価している。1と0の思考体系を内包しているという点で、一般性は高い。
 与太話はもういいだろう。お前は何を問う?」
 ざーっ と雨が地上に叩きつけるように降り続けていた。
 私たちはそれ気にするでなく、にらみ合ったまま視線を逸らすことはなかった。
 九頭龍は肩を解すように左右に首を捻ると、低い声で問うた。
「貴方の目的は、JEBの旋転に対する意欲を向上させることだった。これに間違いは?」
「相違ない」
「しかし、やり方が下賤だ。目的は評価するに値すると思うが、何故あれほどの武力行使する必要があったのか。私には皆目見当がつかない」
「理想郷の維持のためだ。公にこの計画を晒せば必ず反発があるのは目に見えている。人間、限られた時間上ではできることは限られてる。本来やりたくもないものをやらされると錯覚でもすれば大きな障害となるだろう。仮に局所的に人を選ぶと宣言してもだ。あるいは、プライドを捨てきれず、旋転が生み出されるまでの途中経過、即ち人工的に生み出された意欲に対して反感、そして抵抗。結局、どちらにせよ人が生み出した人工の産物にであるにも関わらず、「人工」という言葉が一人歩きして、ヒステリックな連中が邪魔をする。私の目的は、あくまで、意識の向上だ。今のお前のように意欲が欲しくても どうにもならない者は多いだろう。そのための精神操作だ」
「しかし、今や本来の目的から随分逸脱していると思わざるを得ない。身内が捕まり、自身の情報が漏れる状態になって、もうあとに引けなくなっているのではないか? かつてのJEBの姿にとりつかれ、理想を求め、そして挫け、だけど僅かに可能性が残っている故に、逃走の機会を逃した」
「………何が言いたい?」
 九頭龍はもの悲しそうに目を細くし、何か考えるように視線を逸らした。
「―――昔の階段なら、もう少し、やり方も、引き際も分かっていた」
「仲間と共に行動した結果だ。単独行動が性に合っている」
「それについては同意する。他人といると、色々制約がある。同調や、仲間意識、責任。予測できない行動をされると未だに戸惑う」
 九頭龍はそれまで閉じていた右目を開いた。
 本来、黒であるはずの瞳は白く、逆に白目は完全な黒に反転しいた。
「……その目は?」
「理論の果てを求めた手段。それでいて、私から意欲を失わせた元凶だ」

5部/1話/携帯界

  /Laluteskal


「皆の衆、到着だ」
 特に歓声はあがらない。ええ、Lalutsukalさんの旧自宅はみすぼらしい一階建ての煉瓦造りですよ。携帯界でもどっちかつーとぼろい方だけど、いくらなんでもノーリアクションはやめて。
 それを察してかパールがオープン・ザ・ドア。
「おっじゃまー」
「まだ入っていいとは言ってませんよ、パールさん」
「えー、どうせ入る流れなんでしょ、入るなとは言わないんでしょ」
「あなた、その順序と対応によっては立ち入り禁止区域に設定するよ?」
 とか言いながらもうイントゥしてるし。武蔵も九頭龍もあとに続いてずかずかと入るし、この扱いのひどさは一体なんなのか。そう、我がチームAHでの扱いのひどさが半端ではない。島流しに断罪に控訴発言はなんぞ。AHは下克上だったんですか?
「ラルテンガー」
「パールよ、そのTENGAみたいな呼び方はやめろ」
 家の中を指さすパール。
 家具が散乱、タンスは中身全放出。どう見ても空き巣に入られてます、本当にありがとうございました。
「ホントやめて。こういうのダメ、こういうのダメだって……」
 あかん、涙出てきた。この待遇のひどさ、意味分かんない。理不尽なんて言葉で済まされないよ これ。物理的理不尽だよ。
「そこの武蔵、人のものを漁るな、漁るなっつってんだろ」
 それでも剣豪か、クソが。九頭龍は疲れて横になってるからまだいい、起き上がるな、くたばれ。それでパール、笑顔でてめぇはなんの用だ?
「どんまい、テンガスカル」
「お前は魔法少女じゃねぇ、魔女だ、てめぇは魔女だ」
「ラルテンガスカル♪」
「やめろォ!」


 えー、そんなこんなで。
 荒らされた家の中を俺を含め四人がかりで片付け。Laluteskalさんの「わー 恥ずかしー」的な物が偶に見つかったりするとパールと武蔵が騒いで、俺が力業で鎮圧。九頭龍は手の届く範囲を片付けるくらいで、ほこり塗れの棚とかシミだらけの床を見て顔をしかめていた。
 片付けも終盤戦。ストックしていた食料もすっからかんで女性組が買い出しにいってる間に、武蔵が懐かしいものを見つけた。
「ラール」
「はーい、どうした武蔵」
 武蔵が古びた封筒から写真を何枚か取り出して、難しい顔をしている。
「一緒に写ってるのslofisか?」
「あぁー、それか。懐かしい」
「ラルもslofisも若いな。結構前のヤツだろ?」
「俺がPC界に行く前のだからな。第一回ナランハより昔、前に所属してた携帯界のチームの集合写真だ」
 へー と武蔵が写真に写った俺とslofisを、何が面白いのかまじまじと見ていると、玄関の辺りで人の気配がした。
「おい、hash」
 よく分からないが、小男は俺を見るなり不満げに顔を歪めた。
「ラズルダズルよ、国に帰るがよい」
 文脈によっては、意味の通じる文章かもしれないが、それっぽいけど、意味分からんぞ、hash。いや突っ込まないけど。
「hash、何しに来た?」
 hashはまた不満そうにして、口を尖らせる。
「国に帰らないと言うのか、ラズルダズル」
「ラズルダスルって長いからラルテスカルでいいぞ」
 武蔵はこの状況にフリーズ。ボケ担当のhashはやはりボケなので、突っこみ不在。自分でネタを解説するという愚行は行うまい。
 溜息をついたのはhashだった。しゃあなし、と言った感じで、こいつにしては珍しく真面目な口調で口を開く。
「昔のよしみで忠告しとくわ。ラル、今回は身を引け、ヤバイ」
 ―――えっ、あぁ。ん?
「hash、お前、slofis側なのか?」
「へあ? slofis?」
 その「へあ?」ってなんだよ。逆に読んだらアヘじゃないか。ダブルピースじゃないか。
「分かった分かった。お前の忠告はありがたく受け取っておく。それでだ、その詳細を詳しく聞かせてくれないか?」
 腕を組んで横に視線を逸らしながら悩むhash。何をそんなに悩むかと、延々とうんうん言うから、適当に声を掛けようと思ったが、それより先にhashは組んでいた腕を解いて一言。
「分からん!」
 語尾に「キリッ」ってついてるよね。ドヤ顔もやめて。
「分からんということもないだろ」
「分からんから飯をヨコセ」
「何処の物乞いだよ。くれてやらんわ。国に帰れ」
「俺の国はここだ!」
「お前の国は死んだ!」
「モモンガペン回しフェスティバル!」
「やめろォ!」
 そして両者、賢者タイムに突入。
「我が旧友hashよ。茶番はよそう。世界の寿命が縮んでしまう」
「わー、ラズルダズルさん厨二おつー」
 ………嵌められた。これは墓穴と言わざるを得ない。ドツボや。
「は、はししゅさん。俺はてっきりノってくれるものだとばっかり」
 そのhashは、武蔵の持ってる写真を指さして、
「おい見ろよ、このラズルダズル。和同開珎みたいだぜ」
「無視かよっ!」
 てか俺金属光沢ないし、金属人間と言えば、どこぞのサイボーグ映画だが。いや和同開珎はあれだ、穴が空いている。ヤバイぞ、人間穴空いてたらヘブンする、もろにクリティカル事故後じゃないか。
 イミフ発言のあと、hashは急に物静かになって写真を眺めていた。あまりに極端に雰囲気が変わったものだったから、俺は妙な戸惑いを覚えた。
「SBSだったかっけな、この写真」
 hashは最初に武蔵が見せてきた写真を手にして、武蔵は気づいていないようだが、一瞬、ホントに僅かに、鼻で笑った。
「よく覚えてるな。俺なんてその辺りの他のスピナーが何処に所属してたか完全に飛んでる」
「一緒に写ってるのはslofisか。この頃は確か、ZaKa、じゃないな。ZaKi、ZaKu………なんだったっけ」
「ZaKoなんとかじゃなかったっけ?」
 そういや そんな感じだったな、と武蔵以外の二人で納得していた。自虐的な名前のスピナーがJEBの上層に行ってしまう謎のジンクスである。いや世界的に見てもそういうところはあるか。しかしプラス思考の名前のうmktの名前がぱっと出てこないのは何故だろう。
「アイツは何処に向かってるのかね。分からんわ」
「―――slofisか?」
 そんなとこだ、とhashは言葉を濁した。もうその名前は聞き飽きたと、hashが鬱陶しそうにしているのは俺にも武蔵にも分かった。
 ふと、hashの表情が開けた。
「そうか。口にしてみると思いつくもんだな。あれか、若者のたぎり、みたいな?」
 一方その頃、俺の脳内で「若者のたぎり」というワードがゲシュタルト崩壊を始めていた。世界の崩壊を食い止めるために、立ち上がれ勇者達よ(棒)。
「あぁ、slofisついでにhash、最近アイツがどうしてるか知らないか?」
 hashは視線を横に逸らしてまた考え込んだ。
「あれは―――荒ぶってる。ラルほどじゃないけどな、回し的に」
「回しかよ」
 確かに俺の回しは荒ぶってるかもしれないが、非コリアンスタイルってそんなもんじゃね? え、違う? じゃあもうLaluteskalさんに聞かないでください。ペン回し分からないです。
 その後何回かhashに探りを入れてみたが、収穫は無かった。
 問い詰めれば何か喋ったかもしれない。だけど、そんな気分にはならなかった。
 あいつらとは長い付き合いなんだ。
 そういうのは、したくない。
プロフィール

Author:9Hn/九頭龍
Skype:nineheadsnaaga
MSM:nine-heads-naaga@live.jp

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